| 終章は規則正しい呼吸で | 2009-11-28 |

最後は西川君にフランジパニの花をもらった
髪にさしてくれようとするのだが上手くいかず
何度も落ちては拾うを繰り返しふたりで大笑い
足音も無く爽やかに朝がやって来て
未練も無く鮮やかに荷物をまとめて
またふたりはそれぞれの帰路に着く

次にこのスーツケースを開ける時には
最初に西川君の匂いが出てきたらいい
そう思ってシャツを一枚もらって入れた
「わたしの下着、持ってく?」
「何言ってるんですか、いらないですよ」
本気の呆れ顔、でもすぐに照れ笑い

ロマンティックなふたり、とはいかない
でもドラマティックにはいけるかなと思う
ふたつの生き方は喜びも楽しみも二倍
帰国して家のすぐそばまで来たら
ほんのりキンモクセイの香りがした
日本はすっかり秋の気配だった
| バックシャン | 2009-11-24 |

西川君はいそいそと行ってしまった
やけに顔が嬉しそうなのがくやしい
べたなぎで波なんか全然ないのに

西川君の背中は大きくて肩幅も広い
「大好きなんです、肩幅が」
つき合っていた頃にそう言ったら
「え?肩幅だけですか・・・」
西川君は照れながら
かわいい顔で困っていたっけ
| 急がばたまにはゆっくりと | 2009-11-20 |

この場所からの眺めが一番気に入った
海側からやさしく風が頬をかすめ
賑やかな声もここまでは届かず静かで
わたしはこの場所でずいぶんゆっくり過ごした
階段の途中で立ち止まることがなければ
見逃してしまうような景色なのかもしれない

時間が経てば同じではないことにも気づく
そう考えると旅も人生も立ち止まることは
たまには良いことなのかなと思ったりする
| 供養 | 2009-11-18 |

わたしたちが一番好きな時間は
早めのハッピーアワーカクテルを飲み
薄暮から漆黒の闇に変わるまでの間
なるべく外にいて歩いて歩いて休んでまた歩く
わたしはその時西川君に
母と一緒に海外旅行に行った時のことを話していた

どこへ行っても日本語しか話さない(話せない、だ)
唯一出る言葉はサンキューだけだったが
母は異国でも現地の人には不思議と人気があった
あの丸くてふくよかな身体からにじみ出る
雰囲気と言うのかオーラとでも言うのか
強烈なキャラクターで堂々と「ニホンジン」をしていた
西川君はいつも笑いながら聞いてくれる
母が生きていたらこれからももっともっと
伝説逸話は増えていったことだろう

「あんた、あんまり変なこと言うんじゃないわよ」
そんな母の声が聞こえてきそうだった
笑って話してるんだからいいじゃない
11月18日 晴れ
母の祥月命日
もう泣かずにいられる
| 包容感という価値 | 2009-11-17 |
ずいぶん長い間、
いいかげん飽きたよもういいだろうよみたいな感じですかな
私的には自他含めて人の写真を載せるのはいささか抵抗があり
ものすごく勇気が必要だったのだが
ノリと勢いというものにまかせてついつい
西川君が撮ったんだよ記念、ということで

よくやることなのだが
ファインダーも液晶画面も見ずに
わざとシャッターを切ってみる
どんなふうに撮れているのか
何がどう写っているのかは
その場でも確認しない

わたしがその時
そこに確かに存在していたという
ただそれだけの価値のため
思い出とか記憶とか
何かを「残すこと」にこだわらない
それを後で見たときに

わたしはその風景の一部として
そこに存在していたのだという
まったくもっての自己満足でしかない
写真を見てすぐに目を閉じる
わたしは風景の一部だったのだから
身体全体ですぐに写真に溶け込めるのだ

色、音、匂い、温度、触感
思い出す、のではなく
再びその全てに包まれる

